ツクヨミしろくま堂書店blog

こんにちは、ツクヨミしろくま堂書店です。お気に入りの本の紹介を中心にブログを書いています。時々、本とは関係ないことも書いています。

マチネの終わりに

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『マチネの終わりに』平野啓一郎 毎日新聞出版

 
もう、どう表現していいのかわかりません。「大人の恋愛」と一括りに言える作品でもないように思えます。ですが、間違いなく、僕の読書人生の思い出に残ります。
 
作品全体を通して描かれる、「時間」の美しさと残酷さ、いま、この瞬間に自分がこの世界に生き、様々な人間と関わる偶然と必然。ひとつ間違えば、目の前にいる人は存在しなかったかもしれない。
 
あの時、あの選択をしていれば……。誰にだってそう思う瞬間はたくさんあるでしょう。人間は、今を基準に過去を判定します。
 
この物語の舞台は世界が不穏な空気に呑み込まれている時代。2006年から始まります。大量破壊兵器の存在を疑われ、泥沼化状態したイラク問題、リーマンショックを2年後の控えた、そんな時代です。
 
人生の半ばに差し掛かった、主人公の二人。天才と評されてきたクラッシック・ギタリストの蒔野聡史とジャーナリストの小峰洋子。
 
蒔野のリサイタルの後の打ち合げで始めて会った二人は、すぐに打ち解けあいました。蒔野の「過去は変えられる」という言葉に、好感を持った洋子。その洋子にフィアンセがいることを知り、複雑な気持ちになる蒔野。
 
二人は、惹かれ合う気持ちを持ちながらも、蒔野は洋子を思いながら日本で活動を続け、洋子は混乱しているイラクに赴任します。命の危険にさらされながら、ジャーナリストとしての仕事を果たす洋子は、蒔野のギターのCDが心の支えとなります。
 
洋子はイラクから帰任し、パリへ戻ります。蒔野も海外公演の途中でパリにより、そこで洋子への愛を伝えます。
 
この後、洋子は蒔野の愛を受け入れるのですが、この二人は様々な人間模様に左右され、たくさんのすれ違いを余儀なくされます。外的な要因だけでなく、互いを思いやるばかりに、一歩踏み出せない不甲斐なさや思い込み。気持ちを断とうとする葛藤、スランプ……。それらが、美しい文体で描かれていいます。
 
さらに、混乱するイラク情勢、テロ、リーマンショック東日本大震災、などの世界情勢なども彼らの関係に影を落とすのです。
 
この二人の妙齢な設定は、とても意味があります。二人とも独身でいたわけですが、若いときの勢いのある恋愛とは違い、また老成しすぎて達観している世代でもない。いわば、最後の残り火をどのようにして燃やすかを考えられる世代です。
 
そして、この年代だからこそ、意味を持つ「過去」。この物語は、長い再生の物語でもあります。その過去の持つ意味に読者が気づき、蒔野の「過去は変えられる」の言葉が胸に染み込み、登場人物への感情移入を容易にするのです。
 
この二人の関係をなんと、言えばいいのでしょうか。
 
「愛」なんて言葉は気恥ずかして使えないし、おそらくこの二人を語る上でそんなに適切な言葉ではないと思います。
 
この物語を読むと、いろんな人が、いろんな人を思い出すのではないでしょうか。それは甘酸っぱい思い出なのか、贖罪の気もちなのか……。
 
読んでいると、バックにまるでギターの美しいメロディーが奏でられているようで、夢中になって読み終えてしまい、それぞれが読み描いた感動的なラストシーンはいつまでも、心の中に残っている。そんな作品です
 

 

マチネの終わりに

マチネの終わりに